本来、写真の場合は、番号に近い記号性を題に依存するにとどめて、なるべく写真については喋らぬ方がいいように思える。 そうでないと、写真というものの自立性が失われる。 ハッキリいうと、写真がものをいっていないのに、それを撮った人間がものをいっても仕方がないのである。写真は、いっさいの手助けなくて、そこにあったほうがいい。 逆にいえば、コトバの説明を必要とするような写真は、それだけ写真の力が弱いということにもなる。
本来、写真の場合は、番号に近い記号性を題に依存するにとどめて、なるべく写真については喋らぬ方がいいように思える。 そうでないと、写真というものの自立性が失われる。
ハッキリいうと、写真がものをいっていないのに、それを撮った人間がものをいっても仕方がないのである。写真は、いっさいの手助けなくて、そこにあったほうがいい。
逆にいえば、コトバの説明を必要とするような写真は、それだけ写真の力が弱いということにもなる。